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いう国

平壌

 

首都

< 旅の準備の続き.


機内食

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

まず新潟に行くのに3時間ぐらいかかる.駅弁を買って Max あさひで新潟へ.新潟駅から,リムジンバスとは名ばかりの路線バスに乗り込んで新潟空港へ,ソウルだったらもう着いて焼き肉くっているんじゃないかと思えるぐらいすでに時間がかかっている.空港は1日2,3便しか国際線がないようなところだ.しかも行き先もウラジオストックとかハバロフスクとか聞いたことあるけど地図でどこにあるのかわからないようなところばかり.空港は少しは売店があり,国際線にはDuty Free もあった.出発の1時間ぐらい前に僕の乗るウラジオストック航空の飛行機がやってきた.この空港,なぜかおじ様率が非常に高い.

旅行会社からチケットをもらってチェックインする.今日は新潟-ウラジオストック,ウラジオストック-平壌と2回の飛行機を乗り継いでいくが,ウラジオストック-平壌間はチェックインできなかった.コンピュータがつながっていないのだろう.しかし,若者がいない.まぁウラジオストックに観光に行くやつは少ないか.ウラジオストック航空は時間通りに出発.ちらほらロシア人と在日朝鮮人らしき人が乗っている.この飛行機はかの「ツホレフTU-145」というまったくもって初めて乗る型で,表示はロシア語.イスもちゃちいし,汚いし,いままで乗ったなかでもダントツに古そう.フライトは1時間30分しかないが,ロシアのビールとピスタチオ,パンとチーズ,そしてとどめにインスタントコーヒーが出てきた,スチュワーデスはでかいロシア人で,ロシア語,英語,日本語でアナウンスが入る.なんかそれぞれ細かいところまで僕の常識と違う.雲の切れ目から緑に覆われた山が見える.ロシアだ.しかし,この飛行機,エアコンが効かない.そこで,

座席にウチワが置いてある.

だんだんと高度を下げ,着陸.家も周りにほとんどないし,街も見当たらないのだが,ここで降りる人が結構いた.ウラジオストックの待合室で1時間程度待つ.暗くてたまに電気が消える.よく観察すると,日本人は少数派で,みな日本語を話すが,ほとんどは在日朝鮮人のようだ.またドアを出てタラップを上がっり, AIR KYORO の機体に乗り込む.ペンキが塗りなおしてあるのがわかる.これまた古い機体で,丸い窓.

飛んでいる間中ゴーッとかミシミシとかいって結構びびる.

スチュワーデスは韓国語のみで,アナウンスは一応英語,韓国語.荷物置き場は狭くて荷物が乗らず,ライフベストも酸素マスクも見当たらない.またスナックが出てきた.スナックの写真をとっていた人がなぜか怒られていた.

しかし,今回中外旅行社は,企画から1週間の募集期間でアリランツアー参加者26人を集めた.よくまぁこの国に対し,日朝間の緊張が高まっている時期に集めたな,と思う.


平壌空港

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

北朝鮮を空から見ると,なんだかわからない長方形の建物が所々にまとまってあり,崩れていたりして,人がいるかどうかわからない.道はわりと立派にできているが,車はほとんど走っていない.空港へはタラップで降りる.空港には巨大な金日成の絵が飾ってあった.北朝鮮だ.

空港から市内まで 24km.バスで30分.明かりは全くないので,あたりは真っ暗.時おり道端に人が歩いていて,車のヘッドライトに照らされる.平壌市内に入ってようやく明かりがつく.それも一家に1電球という感じの暗さ.ほとんど水力発電に頼っている国なので,これでもいっぱいいっぱいなのだろう.社会主義っぽく,スローガンらしきモニュメントとか,でかい銅像とかがライトアップされている.9:00過ぎに羊角島国際ホテルに到着.ここは川の中洲になっていて,一説によると外国人を隔離するためだというが,はたして.ホテルは 47Fもある高いホテルのわりに内装がちゃちで,作りが雑.


なしジュース

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

2F はロビーになっていて,まず No.1 レストランというレストランで夕食.リョンソンビール Ryong Song Beer が出てきたが,このビール,まず泡が出てこない.さらに

謎に包まれた ラベルのかびている「なしジュース」

キムチ,ジャガイモの細切り,魚の煮物,など.何の肉?何の野菜?と疑問しきり.それぞれ別々のまずさ.かろうじて食べられるものを食べてお茶をにごす.

売店に行く.まずやたら鏡張りになっていて目がくらくらする.ショーケースにはトイレの芳香剤から,点滴の針まで,なんでも一緒に並んでいる.はたしてホテルの客がトイレの芳香剤や点滴の針を買うか?日本円はそのまま使えるが,コインは受け取ってくれない場合があり,その場合,アリランの期間のみのウォン(兌換券)をくれる.ホテルの1Fには2レーンだけのボーリング場やビリヤード場があり,円でいけるが,カジノエリアもあり,そちらはUS$,HK$,人民元のみのようだ.基本はUS$.ディスコとサウナもあり,中国人がたくさんいる.この国において,このあたりだけプチマカオといった雰囲気.

同室の人とはぐれて,彼は僕を探してガイドに聞いたら,「彼は1Fにいますよ」といわれたらしい.ガイドとは全く会っていないので,どうして彼は居場所を知っていたのだろう?

次の日は朝 7:00 に起こされて,7:30から朝食.パンと賞味期限の切れたバター,おかゆと謎の肉,生臭いレタスとのり.おかゆとのりの組み合わせはまぁいける.バターはどうやって手に入れているのだろう?

予想に反して朝のホットシャワーはきちんと出た.この国にあってこれはすごいことだと思う.8:30にバスは出発.まずは 12km 離れた万景台に向かう.金日成の生家で,まぁ普通のあずま屋なのだが,たくさんの人がここを訪れる.貧しかったころに使っていたというひしゃげたカメも置いてあり,美談としてまとめられていた.我々が見学している間現地の人たちはずっと待たされていてた.


復興駅

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

地下鉄も乗りに行く.多分一番きれいな駅から長いエスカレータを下って1区間だけ.

「復興」駅から「栄光」駅まで.

しかしすごい駅名だ.駅にはかなりがんばったタイル画が作ってあり,金日成の巨大な絵が飾ってあり,もちろん地下鉄の車内にも写真が飾ってある.電灯は消えかけていて,節約のためか1つ2つを残してみな消えていて薄暗い.シートは日本のようなイスで,古いがそれなりに動いている.70km/hで走るらしい.ドアは手動で,閉まるときは自動.降りるとパンフレットを US$1 で売っていた.


万寿台

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

万寿台(マンスデ)へ行く.ついにあの「金日成の銅像」のところだ.まず花を買わされる.もちろん買わなくてもよいし,半分以上は買っていなかった.「買う必要があるのでしょうか?」と聞くと,困った顔をしていた.花を持って銅像の前に並び,銅像に花を置いて,みなで一礼する.その後は皆自由行動だが,ガイドから

「くれぐれも銅像の前でポーズを取ったりしないように」

ときつくいわれる.テリー伊藤の本で銅像と同じポーズをとった本が刊行されて以来,とても厳しくなっているという.それにしても,この銅像,ポーズをとらずにはいられない雰囲気だ.しかし,ここは北朝鮮の人にとって聖地.いくら何でも馬鹿にするような行動はとるべきではないと思う.しかし,高さ 60m もあるので,確かにすごい.このあたりは確かにふざけたりする雰囲気ではない.レーニン像なき今,こういうものはもうここにしかない.


万寿台議事堂

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

そのあと万寿台議事堂に.ここは大理石のすごい建物だ.大理石はこの国の誇る特産品.なんかそこまでして外貨がほしいか,という感じの売店があり,パンフレットが 608円だった.

チュチェ(主体)思想塔を登る.150m,ここからは周りがかなり見渡せるが,この日は霧であまり遠くまで見られなかった.この下には売店があって,バッチを 35円で売っていた.この1円単位まで日本円を集めてあとで大変だろうな,と思わず思ってしまった.


路面電車

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

このあたり,道には路面電車,バスが走っていて,それなりに人が乗っている.軍人がかなり目に付く.


 

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

道には車はほとんど走っていない.オフィスで働いているらしい人がほとんど見当たらない.このあたりには朝鮮の人々の生活感が感じられない.


冷麺

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

昼食は平壌冷麺を食べる.これは盛岡冷麺のルーツになったというが,麺が細くてやわらかく,味に酸味が少ない.平たいお盆のような皿に出てくる.かなり混んでいて,人気があるようだ.また Ryong Song Beer がでてきた.だんだんこの味に慣れてきた.

いったんホテルに戻って休み,また出発.かなり詰め込みスケジュールになので,とても疲れる.彼らはすごい建物を見せて説明しようとするが,どちらかというとその辺の人々の生活とか,街の風景を見ながらのんびりしたい.

その後,凱旋門(朝鮮戦争 - 彼らは「祖国解放戦争」と呼ぶ - の勝利の凱旋)とか,祖国解放戦争勝利記念碑を見る.


万景台少年宮殿

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

次に万景台少年宮殿を見に行く.ここは少年少女たちが「趣味で」いろんな活動を行うところ.ここは非常に北朝鮮らしいところ,あくまで「趣味」の延長線上のはずだが,ダンスはすごいし,子供も大変そうだ.中には劇場があって,一言では言い表せないすごい舞台装置,コーラス隊が横からドリフのように(古いか)スライドして出てくる.しかし,みな小学生ぐらいの子供たちで,こぶしのきいた歌を歌い,とにかく訓練の賜物のような演技を見せる.オーケストラが下から競りあがる.もちろん子供たちだ.ダンスの女の子が回りながら出てきて,ひたすら回り続ける.100回以上回っていると思う.もちろんこれを見るにはチケットがいる.舞台が終わると,演技を終えた子供たちが「お勤め終わり」といった感じで帰っていった.


地方からマスゲーム見学に来た人たち

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

今日一日のすごい詰め込みスケジュール,ひたすらに見て回ってくたくただが,これからがメインイベント.清流館で夕食をとり,8:40のアリラン (マスゲーム) にあわせて会場に向かう.

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