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北朝鮮という国

 

 

< 北板門店の続き.


ビザ

Pyongyang, Yuichiro Nakamura, 2002

朝 5:30モーニングコール,6:00朝食,7:00出発.朝食はパン,おかゆ,コーヒーなど.またバターは賞味期限が切れたやつ.いつものだ.あまりに朝早いので,あまり食欲がない上に,とても臭いかゆなので,あまり食べられずに出てきた.この国の人は基本的にサービスという考え方はなく,これだけのお金を出すと,その対価としてこのサービスがうけられる,という感じがしない.客が入ってきても注文をとるでもないし,食べ物を出したらお金をとるという考え方はあるが,挨拶もあまりしない.半ば義務感でやっているだけのようだ.

バスに乗って空港へ.このバスはエアコンもきくし,外国人向け最高級品だ.ガイドの金さんたちとお別れだ.日本から旅行代理店として同行している李さんも含めてガイドは4人,ドライバー1人,ビデオカメラマン1人が同行.ガイドは客26人に対して多すぎではないかという気がする.かなり目が行き届いている感じだ.

ツアー滞在中にホテルを出ることは許されない.夜中に勝手に抜け出そうとすると,すかさず止められる.運良く出るのに成功しても,たちまち通報されてしまうとの話.ホテルは川の中洲にあるので,どこに行くにしても必ず橋を渡らないといけない.ただし,ガイドに同行してもらえば,タクシーで出かけることもできるようだ.たとえばお土産を買いに市内に行くことはできる.

個人でもあらかじめ行っておけば現場の受け入れ態勢を整えた上でいけるとのこと.カメラやビデオ撮影はごく一部の博物館の中などをのぞいて自由で,板門店とか空港で写真を撮っていても特にとがめられることはない.

ホテルにあるテレビやラジオは現地の放送が見られるが,テレビはチャンネルが1つしかなく(土日は3チャンネルになるらしい),朝から晩までひたすらドラマか楽器の演奏ばかり.ニュースなどには出会えなかった.ラジオもひたすら音楽ばかりで,周波数が固定されていて,自由にまわすことができない.ちなみに入国審査では携帯電話やラジオ,無線を使うものは取り上げられる.


 

PyongYang, Yuichiro Nakamura, 2002

空港は売店が幅 30m ぐらいのショーケースであるが,何せ売り子が1人しかいないので,客が買おうとしても,30m先の売り子をこちらに呼ぶのは大変だし,相変わらずあまり売る気がないので,買うほうが疲れてしまう.レストラン,本屋,そして例の使えない切手の売ってる切手屋もあった.いわゆる「Duty Free」の店はない.なぜなら,そもそも税金がない.

空港の売店では割といろいろなものを売っている.

セキュリティチェックがあり,動いていない金属探知機をくぐり,出国審査へ.ここでビザは取り上げられてしまう.パスポートにもスタンプは残らない.ただ日本を出国して入国したという変な記録のみが残る.出国は一人一人パスポートとビザを出し,パスすると改札の棒がすーっと横にスライドして通れるようになるのだが,一回一回手でやっているようだ.飛行機はまた前と同じ TU-134.今回はボーディングパスに座席番号がシールで張ってあった.

シートに妙な出っ張りがあって,足がつかえる.荷物置き場は小さくて荷物が入らず,仕方なく足元に置くが,なおさら足元が狭くなってしまった.やはり酸素マスクはないが,ライフジャケットはシートの下にあった.ライフジャケットの使い方の説明はない.無言でいきなり離陸.しばらくしてエアコンが動き出した.白い煙がしばらく噴き出す.

機内食はやたらと甘いジュースにハム,サンドイッチ.横の人が機内食の写真をとろうとしたら怒られていた.なんでだろう.さて,スチュワーデスはやはりやる気がなく,一応決められたものを出すことはする.着陸するときもシートベルトチェックなんかしやしない.

時間通りにウラジオストックに到着.すばらしい.次に乗るウラジオストック航空はこうみえてかなり正確に飛ぶ(軍人が多いから?)が,今乗ってきた Air Kyoro が遅れるらしい.ので,連絡時間が長めに取ってある.正確に着いてしまうと時間をもてあます.

電気の消えた待合室で2時間以上.じっと待つ.やっと時間になり,バスで飛行機へ.ウラジオストック航空は3倍ぐらい大きく,150人乗りぐらいで満席.相変わらずエアコンをつけたがらない.

日本から観光客を受け入れる一方で,外出を制限したり,外貨がほしいだけなのか,それとも一定の人たちに自分の国をアピールしたいのか,またもっとほかの目的があるのか,北朝鮮がこのツアーを受け入れる狙いがよくわからない.

また今回のツアーでは,在日朝鮮人の方たちが半分以上だった.日本では差別されないように日本名を名乗ったりしているが,今回のツアーでは堂々と朝鮮名を名乗り,滞在中はバッチを胸に着けていた.日本語をきちんと話すし,どこから見ても日本人なのだが,在日の人がこんなにはっきりと在日であることを隠さずに出すのを見るのは初めてだったので少し驚く.もちろん誇りを持っているからだろう.彼らがいてくれたおかげで,今回のツアーは少なからずスムーズに行ったものと思われる.感謝している.

おしまい


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