Pakistan Part II

- アラビアの海で海水浴 -

(Pakistan Part I 灼熱のヒマラヤ山脈 )

期間 8/17〜9/14 1992 (29days)
通貨 RS(rupi) 1 RS = 5 Yen (1992)
航空会社 Pakistan Airline
渡航費用 220,000 Yen Pakistan Airline
総滞在費用 26,000 Yen
国柄 カラコルム山脈を抱くイスラム国家

 


Butokara

インダス文明の遺跡


 


インダス文明の遺跡

Butokara/Yuichiro Nakamura, 1992

旅の後半は,都市部.北の山岳地帯ではみんなのんびりとしているが,さすがに 都市には人が多く,心持ちせかせかしている.そういえば,途中で唯一話した日 本人も,同じところへ向かうといっていた.なかなか愉快で結構とぼけたその人 は,フォトジャーナリストを名乗っていた.日本では,教授をやっているという. こないだインドにいった時は大変だったよ,といいながら,腸チフスにかかった 話しをしてくれた.下痢が止まらないので,医者にいったら,そのまま北里病院 の伝染病隔離病棟に入れられてしまったという.奥さんから友人から,帰国して から接触した人のところに保険所の人が一斉にやってきて,みんなして検便させ られて大騒ぎだったという.でも,その人が話すと,なにか楽しい話しを聞かさ れている気分になってしまうから不思議だ.

 都市から少しはなれたところに,遺跡があったりする.畑を掘ってたらなにやら 出てきた,というもので,インダス文明のなごりだ. 博物館もいくつかあって,素晴らしい収蔵品が見られる.なんか,こういう観光 できるとこには誰かしらいて,ガイドを名乗る.遺跡の石を売りつけたりする. もちろん,遺跡のものを持ち出すのは,大変な罪になる.


Peshawar

アフガニスタンとの国境の都市


 

現地では大抵この格好で通した

Peshawar/Nobuyuki Hayashi, 1992

ペシャワルの西には,"Trival Territory"と呼ばれる地域がある.そこは, 少し,やばいのだ.ペシャワルは,アフガニスタンが近いので,治安が悪いと される.町を出歩く時は,細心の注意を払った.ホテルのすぐ近くで サンダルを買っていると, 一人の男が話しかけてきた.彼と道端でお茶を飲みながら話していると,自分の 弟が作った彫刻を日本で売りたいので,送るから,受取人になって欲しいとい う.妙な話しだな,と思って回りを見渡す.とりあえず,いつでも逃げられそ うな雰囲気だったので,やんわりと切り上げようとする.すると,引き留めつつ, 「ハシシはいらないか」,という.ハシシとは,麻薬の一種だ.あ,やっぱり な,と心の中でつぶやいて,丁重に断り,宿に逃げ帰った.あとで思えば, 彫刻を送るというのは,ハシシを送る,という意味だったのか?


Lahol

昔の城砦都市の名残が残る


ラホールの城砦とシャリマール庭園,81/10/30,文化遺産

 


 

板の上にシーツを一枚敷いただけのベッド.それでも泥のように眠る

Lahol/Nobuyuki Hayashi, 1992

ついに3回目がやってきた.つらい.1回目は,油断していた.水は飲んじゃいけ ない,と再三いわれていたが,限りなくきれいな川の水を見て,思わず口をつけ てしまった.案内してくれたパキスタン人が,「いつもオレらが飲んでるのに」 という無言の圧力に負けてしまったのもある.2日ほどして,突然それはやってき た.それはもう,凄まじいものだ.旅行を共にした友人と,仲良くベッドに横に なって,一日中トイレットペーパーを抱いて過ごした.油断した時が,やばいの だ.熱も38度ある.日本を出る時に医者に頼み込んでわけてもらった抗生物質を 飲んで,ただひたすら嵐の過ぎ去るのを待つ.そして,生水を飲んだ自分を恨む のだ.そのことをパキスタンの医者に話したら,氷のたっぷりはいった飲物を おごってくれた.「だから,生水に当たったんだってば.」ともう一度いってみ た.

高級なホテルでは普段見なれた洋式のトイレだが,普通は違う.特に公衆トイレ などでは,座らないと隠れなかったりして,非常に戸惑う.パキスタン式では, 便座の左側に水桶が置いてある.これを手につけて,終ったあとに,ゴシゴシ 洗うのだ.こればっかりは最後まで馴染まなかった.



どれがどの家のメーターなのか?

Lahol/Nobuyuki Hayashi, 1992

友人がどうしても中華料理が食べたいというので,行くことにした.中華料理 は,本当にどこの国にいってもある.久々にメニューのある店だ.スープ2つ に,フライドチキン,五目ご飯で,140 Rs = 700 yen.ごちそうだ.しかし, スープ2つはいけなかった.大きなボウルになみなみ2つ出てきたのだ.1つで 4人前はある.死ぬ気で飲むが,ダウン.いきなりスープだけでお腹いっぱいに なってしまった.残したものを袋に入れた持って帰った が,次の日,すっぱい匂いがしたので,結局捨ててしまった.

 結局,町で普通に食べるのが一番うまい.春巻きのカワのようなものに,野菜 を詰め込んで揚げ,緑色の辛いソースをかけて食べるサモサ,は揚げたてが最 高だし,串に巻き付けてソーセージの形にして焼いたシシ・カバブもうまいし, とにかくなんでもおいしかった.

 しかし,そういう町中には,全くといっていいほど外国人はいない.したがっ て,旅行者相手のスリなどは存在しないし,みんなに珍しがられた.特に, 日本人は,気に入られている.日本製品が知れ渡っているからだ.逆に,ちょ うど湾岸戦争の時期だったので,アメリカ人は相当嫌われていた.湾岸戦争で アメリカが悪者扱いされている.それは,僕にとって,新鮮だった.もちろん 人の国に攻め込むのはいけないことだが,一方のみの価値観でずかずかとやる と,理解されないのだ.



10万人が同時にお祈りを捧げるというモスクの広場

Badshahi Mosque, Lahol/Yuichiro Nakamura, 1992

町中では,ほとんど女の人を見ない.イスラム教の戎律からだ.他にもいろ いろ決まりはあって,個人差はあれ,皆それにしたがって行動している. そして宗教は人々の生活に深く根ざしている.この国の女性はこのあたりのアジア圏 の例にもれず,美しい人が多いので,町で見かけないのは,非常に残念だ. しかし,この国でも,夜になると,窓から手マネキするお姉さんはいるという. 100 Rs=500 yen 程度だというのだが?

 靴を脱いで,モスクの中に入れてもらう.とにかくだだっ広い中で,みんなで 一斉に同じ方向を向いてお祈りを捧げるのは,壮観らしい.



芝苅り

Shalimar Park, Yuichiro Nakamura, 1992


Karachi

昔の首都.パキスタンの主要都市.


 


これでも海水浴なんです
(イスラム教の戎律により肌の露出はいけないとされている

)Karachi/Yuichiro Nakamura, 1992

「アラビアの海で日光浴」というのがしたくて,バスを乗り継いで,散々時 間をかけて海までやってきた.さっそく,日本から持参したサンオイルを塗っ て,肌を焼く.すると,みんなに囲まれてしまった.はじめは若い人にから まれているのかな,と思ったが,どうもそうではないらしい.「僕らを侮辱 しているのか」というようなことをいっている.そうだ.戎律だ.「海水浴 では,海パンいっちょは当然」と思っていたのだが,確かに見回すと,誰も 肌を出していない.泳いでいる人もいるが,長袖,長ズボンだ.そうか. しばらく呆然と海を眺めていたが,諦めて帰ることにした.しかし,帰りの バスが来ない.えらく不便なところに来てしまったのだ.

 帰りのバスで,おかしをもらった.何かの種みたいなものだ.食べると, 閉口した.出すわけにもいかないので,ニコニコしながら我慢していると, 「もっとあげる」といって袋をくれた.「あとで食べるよ」というのが精いっ ぱい.日本に帰ってから是非誰かに食べさせることにした.



バス停

Karachi/Nobuyuki Hayashi, 1992

 

さて,どれに乗ればいいのか迷うほどバスが走っている.どれも行き先が違 う.行き先を叫びながら走ってるはずなのだが,何いってるか良くわからな い.しかし乗らないと移動できないので,バスの群の中を練り歩き,見ぶり 手ぶりで行き先を聞く.(どうやって見ぶり手ぶりで行き先がわかるかは僕 にも疑問だけど,何故か通じるのだ)ここは,パキスタンの首都だったとこ ろだけに,人が多いのが,さらに厄介だ.

 暑いので,一日中,何か飲んで過ごす.冷たいものとしては,コーラもある し,スプライトもある.しかし,僕のお気に入りは「マンゴ」これは文字通 り,マンゴを潰してジュースにしたもので,4 Rs=20 yen程度.これをどんな 工場で作ってるのか想像すると少し心配だが,良く飲んだ.少しネトッとし て,甘い.しかし,4 Rsは現地にすれば,高い.みんなが良く飲むのは, 紅茶だ.彼らが自分で飲む紅茶の葉を買う時の目は,真剣そのものだ.



いきつけ(?)のお茶屋

Karachi/Nobuyuki Hayashi, 1992

パキスタンのお茶は,チャィという.語源は,わからない. 英国統治時代のロイヤルミルクティの流れを汲むと思われるそれは,細心の 注意を払って作られる.鍋でお湯を沸かし,お茶っ葉を入れ,色づいた ら,バッファローのミルクを入れる.火加減と,ミルクの量が,問題なのだ. そして,大量に砂糖を入れるので,甘い.飲むと,熱くて,同じ量の汗が出 るのではないかと思われるそれを,毎日飲んだ.日本に帰る日,荷物を持っ て飲みにいくと,店の主人が,「帰っちゃ駄目だよ」というと,寂しそうな 顔をして,最後のチャィをおごってくれた.

 

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