Pakistan Part I

- 灼熱のヒマラヤ山脈 -

(Pakistan Part II アラビアの海で海水浴 )

期間 8/17〜9/14 1992 (29days)
通貨 RS(rupi) 1 RS = 5 Yen (1992)
航空会社 Pakistan Airline
渡航費用 220,000 Yen Pakistan Airline
総滞在費用 26,000 Yen
国柄 カラコルム山脈を抱くイスラム国家

 


1992/8/17 PK753 Narita 11:30 - Islamabad 19:30  
               
1992/8/17 TAXY Islamabad   - Rawal Pindi   30m
1992/8/18 BUS Rawal Pindi   - Gilgit   21h
1992/8/23 BUS Gilgit   - Hunza   3h30m
1992/8/27 BUS Hunza   - Gilgit   2h
1992/8/28 BUS Gilgit   - Besham   9h
1992/8/28 BUS Besham   - Swat(Mingora)   2h30m
1992/8/30 BUS Swat   - Peshawar   3h
1992/9/02 Pakistan
Railway
Peshawar   - Lahore   14h30m
1992/9/02 BUS Lahore   - Multan   7h30m
1992/9/06 Pakistan
Railway
Multan   - Karachi   14h30m
               
1992/9/14 PK760 Karachi 18:15 - Narita 12:05+  

 


とにかく暑い国である.この旅行を計画したとき,「立ってるだけで 汗がだらだら出てくるような国にしようぜ」ということで決めた.自 分らをいつもと少し違う状況に持っていってみたかった.ヒマラヤ山 脈というものをみてみたかったのもある.登山家が「挑みかかる」山 というのはどういうものなのだろう.何が楽しくて命を賭けるのか. 見てみないことにはな,という気持ちでチケットを買った.

 まず,パキスタン航空の飛行機で20数時間.空港に着くと,ムアッと した密度の高い空気.期待通りだ.空港の出口付近で,タクシーの運 転手が,しきりに手招きしている.20人はいる.そのまわりに,さら に運転手が囲む.ゲートをくぐりぬけたら最後,あいつらの相手をし ないといけないのか.少し尻ごみした.

     


Rawalpindi

首都 Islamabad の近くの大都市


 

ついた直後,既に疲れ切っている二人

Denpasar/Nobuyuki Hayashi, 1992

タクシーで市街地を走る.大通りらしいその薄暗い道は,人と,ロバ の糞と,車の排気ガスとのいり混じった,不思議なにおいがした.こ のにおいが,今回の旅行をとおしてのこの国の印象と重なる.夜も遅 いので,とにかくベッドを確保する.バス・トイレ付き.ここのホ テルにおける風呂の入りかたはこうだ.まず,バスタブに群がるゴキ ブリをどけてから,蛇口をひねる.シャワーではない.ただ,洗面所 同様蛇口が付いているだけである.その水の流れに体を寄せてもいい けど,あまりにもチョロチョロした水流なので,身体全体に水を行 き渡らせるには,かなりの体の柔軟性が要求される.備え付けの桶を 駆使して体を洗う.

 日が登ると,もう町が動きだしていた.この国の電気事情は悪い.特 に山間部に入っていくごとに悪くなる.そうなると,人の生活時間帯 は,自然と太陽の動きにあわせて行われるようになる.この国では, 太陽が昇ると活動し,日が暮れると床につく.無理のない,ごくごく 自然な人の営みが行われている.日本では不規則な僕の生活も, 奇跡的に早寝早起きになってしまった.だいたい夜コーラを飲もうか な,と思っても,冷蔵庫は止まっているし,トランプでもしようかな, と思っても懐中電灯の明かりしかない.これはもう,寝るしかな い.さらに,この国の人は昼寝をしたりする.昼間は,暑くて,何も する気が起きない.では,いったいいつ働いているのか?それが, この国における最大の謎である.町で話しかければ,いつまでも立ち 止まって話をしているし,ね.心配している僕の方が,おかしいのか な,という気さえしてきてしまう.

     



前日の雨で土砂崩れ,バスが5時間止まる.結局荷物を担いで歩いて進む

Karacolm Highway/Nobuyuki Hayashi, 1992

80リットルのバックパックをエイヤッと背負込んで,街を歩きだした. 特に,目的は決めてない.駅でも見てみようかな,という程度.その 辺の人に駅の方向を聞いてみた.英語が通じない.いきおい,身振り 手振りになる.すると,「なんだなんだ」という感じでその辺の暇そ うな人達が集まってきて,寄ってたかって教えてくれた. 「遠くから来た旅人には,全力でもてなさなくてはならない」 という慣習があるという.とにかく,みんな,親切なのだ.しかし,中には, そうではないのもいるな,というのが,だんだんわかってきた.日本へ行き たいという.そのためのビザ目当てだ.みんな,日本がどこにあるかなんて, 知らない.知っているのは,身の回りの日本製の電化製品と,車だけだ. それでも,日本へいって,お金を稼ぎたいという.

     


Gilgit

山岳地帯の入口にある村


 

このあたりで唯一の町らしい町.ヒマラヤ山脈に囲まれる

Gilgit/Nobuyuki Hayashi, 1992

 

カラコルムハイウェイをバスに16時間揺られて,辺境の町ギルギットにつく. 通ってきた道は,崖を削って作った,延々続くダート.ハイウェイとはよく いったものだ.ここまで来るのが,長い道のりだった.

 バスのチケットを取って,しばし待つ.ちょっと奮発して,デラックスにして みた.TVがついて,しかもリクライニングするという.ちなみに値段は,190 Rs (950 yen).時間があったので,買いものをする.シャワルーカミースという 民族服をかう(120 Rs=600 yen).これは,シャツとズボンからなっていて, ダボダボの通気性の良い服.なるべく現地に熔け込みたかったので,洗濯の時 以外は,これを着て過ごした.さて,ギンギラに飾った,バスの到着.パキス タンのバスは,どれも凄まじい装飾がしてある.しかも,暴走族が使う「パラ リラパラリラ」というホーンを鳴らしながら町を走り回って,空席を埋めて いく.彼らがいうには,そのホーンは, "Made in Japan"だという.とにかく何だか良くわか らないこのバスも,日本製である.トラックの荷台を改造して,5列の席を作っ てある.当然,きつい.どころか,「気をつけ」の姿勢のまま,身じろぎ一つ できない.さらに,前の椅子が倒れてくると,足まで動かせなくなってしまう のだ.しかも,TVでは,独特のかん高い声で歌う女性のVTR.それはもう,すごい 世界なのだ.未舗装の曲がりくねった道を,ドライバーが,交替で,飛ばす. 横揺れは激しい.この道を行くトラックに積んだ瓶のコーラは,半分ぐらい 壊れてしまうという.でも,そもそも身動きがとれないので,踏ん張る必要 が全くないのが救いだった.気がつくと,疲れきって,眠っていた.

     



町のタクシー屋の家に遊びにいった

Gilgit/Nobuyuki Hayashi, 1992

お尻をバスで痛めたので,少し変な歩き方で,町を散歩してみる. 「アッサラームアレイクム」--英語に訳すと,"God Bless You." となるこの というのがこの国のあいさつ.これは,少し困る.はじめは意味を知らなかっ たので,町であった人に,誰彼構わず挨拶していたら,おじさんに,「君は, イスラム教徒なのか」と注意されてしまった.そういえば,「マルコムX」とい う映画の主人公はイスラム教なのだが,「アッサラームアレイクム」という 挨拶をしていた.つまり,これは,イスラム教徒同士のあいさつなのだ.しか し,かわりの言葉がない.

     


Hunza

カラコルム(ヒマラヤ)山脈のベース


 


当時未登頂であった Ultar II

Ultar Glacier/Nobuyuki Hayashi, 1992

ギルギットから,さらにバスにのって,フンザという町にきた. ヒマラヤのはしっこのほうのこの辺は,カラコルム山脈という.K2なんかも, この辺だ.しかし,この辺りの山は,なかなかすごい.本当に,大地が, 「ガツーン」とぶつかって,「メコッ」と持ち上がったような,凄まじく 鋭角な山なのだ.本当に,大地があって,「ここから山っ」という具合に, 盛り上がっている.それが,ズーッと6,000m ぐらいまで,いっきに上がって いる具合.この8月はモンスーンの時期なのだが,この山脈に遮られて,こち ら側は相変わらず晴天が続いている.前の町で仲良くなった人に紹介しても らった Hunza Lodge に泊まることにする(ツイン 140 Rs = 700 yen).

 この暑くてたまらないこの国に,氷河があるというので,行ってみることに する.ホテルのあるところから,800m程登ると,みれるという.特に道が あるわけではなく,直射日光から隠れるところのない,岩の道.途中羊飼いに あった.彼らは,1.5時間で登るといっていたが,僕は,3時間かかって, 到着.日差しは強いのだが,谷間を流れる風はつめたい.さすがは氷河. この氷河が融けた水は,下の町へ注ぎ,生活用水となる.シャワーをひねる と,氷河水.長く浴びると体中がかじかんでくるので,石鹸をあらかじめつ けておいたタオルと,シャンプーと,終ったらすぐ体がふけるように乾いた タオルを全部手の届くところに用意して臨む.体を洗い,頭を洗い,拭く. その間,1分.

 氷河水というと,限りなく透明という感じがするが,そうではない.氷河が 「流れる」時に底の方で凄まじい圧力をかけて削りとった細かい「粉」が 入っているため,黒く濁っている.頭を洗うと髪の毛がゴワゴワになるその水が, 町を支えている.したがって,ご飯も黒いし,スープも黒いし,洗濯した タオルも黒くなる.

     



要塞のシンボル

Altit Fort,Hunza/Nobuyuki Hayashi, 1992

ホテルの使用人に,毎日挨拶していた.彼らは,英語は喋らないので,ウルドゥ 語で.やけに嬉しそうな笑顔を返すので,こちらも嬉しくなる.ある日,僕らを 尋ねた来たパキスタンの友人の前でそれをやったら,「彼らに話しかけてはダメ なんだ」,といわれた.彼らは,絶対に,使用人と挨拶したりしない.

 人口 100 人程度のこの町には,要塞が2つある.パキスタンは,英領インドから 独立した歴史を持っている.その時のゴタゴタで,インドと戦争をしており, 多くのパキスタン人,特に北の方の山岳地帯の人々は,インドと敵対しているの だ.バスで知り合ったパキスタンの軍人も,インド人が攻め込んで来た時の話し を,切々と語っていた.パキスタン人は,特にカースト制度について,強く不満 を持っている,と語っていた.しかし,このカースト制度の名残は,いまだパキ スタンにも残っている.

 山岳地帯の町の人は,みんな武器をもっているという.もちろん,パキスタンで も銃器は禁止されている.「いつかまた,インド人が攻めてくる.そのためだ」 といっていた.この武器によって,あとで旅行中に,とんでもないことが起こる.


再びGilgit


 

現地の服を仕立ててもらう

Gilgit/Nobuyuki Hayashi, 1992

ギルギットでは,いろんな人にお世話になった.特にアシュファークとワカール には,いろいろ案内してもらったり,家に招待してもらったり,楽しませてもらっ た.お礼の意味も込めて,日本から持っていったインスタントラーメンとかを 食べさせてみるが,一応「おいしい」とはいってみたものの,2度は絶対に食べよ うとしなかった.現地での食事は,もっぱらカレー.死ぬほどからいカレーを, 死ぬほど暑い国で,食べる.しかも,飲物といったら,ミルクたっぷりの, 熱いお茶である.とにかく汗だくになって,必死で食べる.これが,うまい. 店にはメニューがないし,どの料理が何か良くわからないので,厨房に入れても らって,直接鍋を指さして,注文した.この味をもう一回食べたくて,思わず 日本に帰ってからカレーの店をいろいろ回ってしまった.池袋にあるマルハバと いう店が,一番それに近い.いつもあまりに客がいないので,潰れやしないか心配 な店だが,雑誌なんかに載ってる店より,よっぽどうまいと思う.

     



現地で銃撃戦があったため,夜間外出禁止になる

Gilgit/Yuichiro Nakamura, 1992

フンザの 宿の主人が,「もう少し,泊まってけ」という.ホテルの前に,男たちが集まっ て,何やら話している.お調子もんのワカールが尋ねてきて,初めて見せる真 剣な表情で,「いま,やばいんだ」と告げた.

 この辺りの町は,一本の線でつながっている.カラコルムハイウェイだ.その 線の上に,点がある.それが,町だ.僕らがいたフンザは,そのもっとも北の 奥地.もう一つの点であるギルギットで,内紛があったらしい.カラコルム ハイウェイは,まさにギルギットのド真中を通っている.したがって,そこが 閉鎖されると,帰れなくなってしまう.別に急いでるわけではないので,のん びりと山を眺めて過ごした.しかし,違う町では,乱射された銃で旅行者が 被害にあった,という話しもある.帰国の日が迫っている旅行者は, "Special Booking"--つまり少し握らせて,頑張って帰っていった.

 ギルギットに戻ってみると,町のあちこち には土のうが積まれ,弾の跡が残っていた.

     



道のいく先々に検問があり,バスから全員降ろされる

Karacolm Highway/Yuichiro Nakamura, 1992

銃口を向けられた時の恐さといったら,ない.検問では,武装した兵士が,パキスタン人の身体検査をしていた.別に銃を突き付けられたわけではなく, 持っているだけなのだが,体の向きを変えると,自然と銃身の延長線上に自分が入る.これは,たまってものではない.さきほどの内紛に関してのことで,外国人は関係ないのだが,ピリピリした雰囲気が伝わってくる.「旅行者の 安全のために」名前とパスポートナンバーを書かされる.

 今度向かうのは,ペシャワル,「ムジャヒディン」で有名な,アフガニスタンとの国境の町.

 

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